神奈川県の里山には、派手さはないものの、歩いたあとにじんわりと記憶に残る山がいくつもある。鉢岡山も、まさにそんな存在だ。登山口に立った瞬間から感じるのは、観光地化されすぎていない静けさと、生活圏に近い山ならではの親しみやすさ。気負わずに歩けるが、決して退屈ではない。そんな絶妙な距離感が、この山の魅力だ。
登山道は全体的に整備されており、急登は少なめ。木立に囲まれた道を歩いていると、足元には落ち葉が積もり、鳥の声が時折響く。視界が一気に開けるような派手な展望は少ないが、その分、森の中を進んでいく感覚に集中できる。日常から少しだけ離れ、頭の中を空っぽにするにはちょうどいい。
鉢岡山を歩いていて面白いのは、登山中にはほとんど意識しない「もうひとつの楽しみ」が、下山後に現れることだ。歩き終えてスマートフォンのGPSログを確認すると、そこには思わず二度見してしまうような軌跡が残っている。

登山ルートの線が描いていたのは、どこか見覚えのあるシルエット。頭のような突起、胴体を思わせる緩やかなライン、そして長く伸びた尾。そう、まるでティラノサウルスのような姿なのだ。
もちろん、意図的にそう設計されたルートではない。しかし、周回コースの形状や稜線と巻き道の組み合わせが重なった結果、偶然にも恐竜を思わせる形が浮かび上がる。歩いている最中はただ静かな里山を楽しんでいただけなのに、後から「実は恐竜を完成させていた」と気づく。このギャップが、なんとも楽しい。
頭からしっぽまでをなぞるように完成した軌跡を見ると、登山そのものが一枚の線画だったような気分になる。写真に残る景色とは別に、軌跡という形で思い出が可視化されるのも、現代の登山ならではの楽しみ方だろう。
この恐竜のような軌跡は、誰かに見せたくなる。登山の話題としても意外性があり、「実はこの山、歩くとティラノサウルスになるんだ」と言えば、きっと興味を持ってもらえるはずだ。特別な装備も知識もいらない。ただ歩いただけで、少しだけ童心に返れる。
鉢岡山は、派手な絶景や名所を求める人には向かないかもしれない。だが、静かに歩き、あとからじわっと楽しみが広がる山を探している人には、強くおすすめしたい。森の空気、穏やかな登山道、そして下山後に現れるティラノサウルス。
歩いた距離や標高差以上に、記憶に残るものがある。鉢岡山は、そんな「余韻まで含めて完成する」里山なのだ。魅力を持つ神奈川県の鉢岡山。次は季節を変えて、またこの静かな森を歩いてみたいと思います。



















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