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アンデスに消えた旅客機「スターダスト号」 — 謎の暗号“STENDEC”と50年後に明かされた真相

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1947年8月、南米アンデス山脈で1機の英国旅客機が忽然と姿を消しました。その機体の名は「スターダスト号」。経験豊富な元RAF(英国空軍)の乗組員たちと乗客11名を乗せたこの機は、チリのサンティアゴ空港へあと数分で到着するはずでした。しかし着陸予定時刻の直前、管制塔との交信が突如途絶え、スターダスト号はまるで空に溶けるように消えてしまったのです。それから半世紀以上にわたり、機体も乗員乗客も発見されず、残されたのは最後の通信で打たれた謎の言葉「STENDEC」だけでした。

アンデスに消えた“幽霊機”スターダスト号

1947年8月2日13時46分、ブリティッシュ・サウスアメリカン航空(BSAA)のスターダスト号(アブロ・ランカストリアン型旅客機)はアルゼンチン・ブエノスアイレスを離陸し、チリのサンティアゴに向かいました。元英国空軍エリートで戦功勲章も持つレジナルド・クック機長をはじめ、歴戦のクルー5名が操縦を務め、外交官や実業家など6名の乗客が搭乗していました。フライトは終始順調に進み、誰もが目的地への到着を疑っていませんでした。

ところが、サンティアゴ到着予定時刻の4分前にあたる17時41分、状況は一変します。スターダスト号の通信士デニス・ハーマーが定時連絡のモールス電信を打電しましたが、そのメッセージの末尾に奇妙な単語が付け加えられていたのです。「ETA SANTIAGO 17.45 HRS STENDEC」──到着予想時刻を伝えるごく定型的な通信文の最後に、聞き慣れない“STENDEC”という文字列が記されていました。サンティアゴの地上管制担当者はこの言葉の意味が分からず、再送を要求します。するとスターダスト号は同じ「STENDEC」という通信をもう二度繰り返し送信してきました。それは音量も明瞭さも申し分のない信号だったといいます。しかし、この謎めいた暗号を3度残した直後、スターダスト号からの電波はぷつりと途絶え、レーダーからも機影が消えてしまいました。

驚いたチリとアルゼンチンの当局はただちに広範囲の捜索を開始しました。しかし、険しいアンデスの山中で機体の残骸どころか、煙や衝突の痕跡すら一切発見できません。雪に覆われた山々は沈黙を守り、スターダスト号はまるで空から忽然と姿を消した“幽霊機”のようになってしまったのです。捜索に参加した者たちを最も悩ませたのは、消息不明そのものよりも、最後に残された不可解な暗号「STENDEC」でした。一体これは何を意味するのか? 秘密のコードか? 救難信号か? それともただの誤送信だったのか?

解読不能の謎「STENDEC」を巡る憶測

手掛かりが「STENDEC」という5文字(正確には6文字)の謎の通信しかない中、専門家や愛好家たちはこの不可解なメッセージの意味をめぐって幾多の議論を重ねてきました。モールス信号の読み間違いや打ち間違い、略語の可能性、超常的な仮説まで、様々な説が提唱されてきたのです。代表的なものをいくつか挙げてみましょう。

  • モールス信号の誤送信・誤受信説: 例えば “STENDEC” は「DESCENT(降下)」の文字を入れ替えたアナグラムではないかというものです。与圧のない高高度飛行で通信士が低酸素症に陥り、“DESCENT”と送るつもりが順序を誤ってしまった可能性があります。またはモールス符号の送り手か受け手がスペースの取り方を誤認し、SCTI AR(サンティアゴ空港のコード+通信終了の略号)をSTENDECと聞き違えたのではないか、との指摘もあります。実際モールス信号では、符号間の間隔の取り方次第で全く別の単語に聞こえてしまうことがあり、“STENDEC”と“SCTI AR”は符号のパターン自体は一致するのです。
  • 頭字語(アクロニム)説: “STENDEC”の各文字があるフレーズの頭文字だとする説です。有名な例では “STENDEC” = “Severe Turbulence Encountered, Now Descending Emergency Crash-landing”(激しい乱気流に遭遇し、これより緊急降下で不時着する)という仮説があります。通信士がとっさに考え出した緊急メッセージではないか、というわけです。第二次大戦中のパイロットは危機的状況でこの種の略語を使うことがあったとも言われます。しかしこの説は、肝心の「到着予定時刻17:45」を報告している通信内容と矛盾するため、決定打には欠けます。
  • 特殊暗号・陰謀説: 戦後間もない時代背景から、スターダスト号が何らかの秘密任務に関与しており、“STENDEC”は軍事機密の暗号だった可能性も取り沙汰されました。実際、乗客には英国王の勅使(外交文書を運ぶ外交官)が含まれており、機密書類を巡る破壊工作説や、元ナチス関係者の逃亡に絡んだ陰謀論などもささやかれました。確たる証拠はありませんでしたが、消息不明という完全なる謎ゆえに、こうした憶測が広がったのです。
  • 超常現象・UFO説: 手がかりの無さがかえって想像力を刺激し、「スターダスト号は宇宙人に連れ去られたのでは?」という声まで上がりました。謎の通信“STENDEC”自体が地球外からもたらされたメッセージだという主張や、アンデス上空に時空の歪みがあったのではないかというオカルト的な説も登場しました。実際1970年代には、スペイン・バルセロナのUFO研究団体が機関誌のタイトルにこの未解決通信をもじった「Stendek」と名付けています。まさに未解読の暗号“STENDEC”は、正体不明だからこそ様々な超常現象と結び付けられ伝説化していったのです。

これら数々の仮説が唱えられてきたものの、どの説も決定的な証拠に欠け、謎の解明には至っていませんでした。むしろ通信士が3度も正確に同じ符号を繰り返している事実が、「STENDEC」が偶発的な誤信号ではなく意図的かつ明確なメッセージだった可能性を示唆しているようにも思われたのです。謎は謎を呼び、人々の想像を掻き立てました。衝突の痕跡すら見つからない状況は、この未解決事件を一層ミステリアスに見せ、「アンデスの幽霊飛行機」などといった噂話さえ生まれることになります。

50年後、氷河が語った真相

こうした暗号を残して消えたスターダスト号の物語に転機が訪れたのは、それから半世紀以上が過ぎた1998年のことでした。アルゼンチン人の登山ガイド、ペドロ・レゲラ氏が仲間と共にアンデスのトゥプンガト山(標高6570m)の氷河を登っていた際、雪面に不自然な金属片が露出しているのを発見したのです。それは長い年月を経て氷河の中から姿を現し始めたスターダスト号の残骸でした。現場はサンティアゴの東約80km、高度約4,600mに位置するトゥプンガト山の氷河上です。彼らが確認したのは「Rolls-Royce(ロールス・ロイス)」の刻印が入ったエンジンの破片、ねじ曲がった金属片、そして古めかしい布地の切れ端でした。消息不明から51年ぶりに飛行機の痕跡が発見された瞬間でした。

この知らせは各国で大きく報じられ、人々の関心が再燃します。1999年、そして2000年と現地へ調査隊が派遣され、氷河に封じ込められていた残骸の本格的な回収が始まりました。2000年1月にはアルゼンチン陸軍の遠征チームが現場に到達し、プロペラや車輪(空気圧が残ったままのタイヤも含む)などの大型部品や、乗員乗客の遺体の一部を次々と発見します。車輪が集中して見つかった範囲はごく狭く、機体は空中爆発ではなくほぼ垂直に近い角度で山肌に激突していた可能性が高いと判断されました。事実、回収されたプロペラは衝突時にもエンジンが巡航出力に近い状態で回っていたことを示しており、脚部の車輪は格納されたままでした。これはパイロットが不時着態勢に入る間もなく山に突っ込んだ、いわゆる**CFIT(Controlled Flight Into Terrain:制御飛行下での地表衝突)**であった可能性を強く示唆しています。

ではなぜ熟練のクック機長が山に激突するような致命的ミスを犯してしまったのか――。専門家による詳しい事故解析の結果、真の原因が明らかになりました。それは**高高度ジェット気流(ジェットストリーム)**の存在です。当時ほとんど未知だったこの強烈な偏西風が、スターダスト号の運命を狂わせていたのです。推定では、同機は高度約7,300m(24,000フィート)でアンデス山脈を越える航路を飛行中、想定外に強い西風のジェット気流に煽られ、実際の対地速度が大幅に低下していました。しかし乗組員はそれに気づかず、計算上はすでに山脈を越えてチリ側に入ったと誤認してしまったのです。実際には目標より遥か手前、アンデス山中の厚い雲の中に留まっていたにもかかわらず、安全圏に出たと判断して降下を開始してしまった…。この致命的なナビゲーションエラーが墜落の直接の原因だと結論付けられました。

調査により、スターダスト号はアルゼンチン側のトゥプンガト山のほぼ頂上近くに真っ直ぐ突入し、その衝撃で山腹の雪が崩れて巨大な雪崩が発生、機体の残骸を一瞬で飲み込んだ可能性が高いことも判明しました。そして雪崩に埋もれ圧縮された残骸は氷の一部となり、ゆっくりと流れる氷河によって数十年をかけ山麓へと運ばれていったのです。こうした自然のカプセル効果によって、スターダスト号は捜索隊の目から完全に隠されていたのでした。まさに文字通り“時間の氷牢”に閉じ込められていたわけです。1998年から2000年にかけて氷河の末端が後退し始めたことで、ようやく残骸の一部が姿を現し、この長きにわたる航空ミステリーは物理的な解決を迎えたのです。

公式な事故調査の結果、パイロットの操作に故意の過失はなかったことも確認されました。想定外の悪天候と極度に厚い雲、そして未知の強風によって自機の位置を見誤ったことが原因であり、クック機長含む乗務員に責任は問えない――事故から約50年を経て、ようやくその名誉は回復されたのです。こうしてスターダスト号失踪の真相は半世紀越しに解明されました。しかし、あの最後の謎の通信「STENDEC」の意味だけは、依然として不思議な余韻を残したままだったのです。

アンデス山脈上空から見たトゥプンガト山(中央の火山、標高6570m)。スターダスト号はこの山の稜線付近に激突し、雪崩に飲み込まれて氷河に埋没していた。

それでも消えない“STENDEC”の謎と余韻

遺体や機体の残骸が発見され墜落の原因は判明したものの、肝心の「STENDEC」が何を意味していたのかについては現在に至るまで明確な答えが出ていません。地上の管制オペレーターはたしかに「STENDEC」という文字を繰り返し受信しており、その記録も残っています。単純な誤解や空耳では片付けられない謎が、80年近く経った今も我々の前に横たわっているのです。

2000年に英BBCで放送されたスターダスト号失踪事件のドキュメンタリー番組に対しては、視聴者から**“STENDECの解釈”**に関する何百通ものアイデアが寄せられました。それらは前述したような仮説を含め実に多彩でしたが、番組スタッフの検証によればモールス符号特有の聞き間違いという可能性以外、決定的と呼べる説は無かったといいます。「STENDEC」は最後まで謎のままだったのです。

それでも、このたった一つの単語が後世に残した影響は決して小さくありません。前述したスペインのUFO雑誌『Stendek』の例のほか、イタリアの電子音楽アーティスト、アレッサンドロ・ザンピエリ氏は自身の音楽プロジェクト名に「Stendeck」とこの謎の言葉を冠し、2002年には『A Crash Into Another World(異世界への墜落)』というアルバムまで発表しています。そして何より、スターダスト号事件そのものが語り継がれる中で“STENDEC”という符号は常に特別なミステリーとして人々の好奇心を捉え続けてきました。高度に発達した現代の航空技術をもってしても、なお解き明かせない謎が存在する――スターダスト号の物語と暗号“STENDEC”は、そんな人類の知識の限界と神秘を象徴しているのかもしれません。たった6文字の不可解な言葉が、半世紀以上もの間世界中の想像力を掻き立て、いまだ合理的な説明を拒み続けているのです。

スターダスト号の失踪から間もなく80年。当時の生存者こそいませんが、この事件が秘めたロマンと謎は今なお色褪せていません。謎の暗号“STENDEC”は、果たして最後に何を伝えたかったのでしょうか? あなたはどう思いますか?


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