言わなかった言葉ほど、あとになって残ることがあります。
あのとき、もう少し話していれば。
あのとき、渡していれば。
あのとき、名前を書いていれば。
けれど不思議なことに、言えなかった理由は、時間が経つほど分からなくなっていきます。
第3話「名前を書かなかったおにぎり」は、そんな小さな「もしも」から生まれた物語です。
恋だった、と決めない物語にしたかった
今回、特に大切にしたのは、登場人物たちの過去の気持ちに、簡単な名前をつけないことでした。
学生時代を振り返ると、「あの人のことが好きだった」とはっきり言える関係ばかりではないと思います。
なぜか話すと楽しかった人。
休んでいると少し気になった人。
卒業したら会えなくなることを、思っていたより寂しく感じた人。
友情だったのか。恋だったのか。
本人にさえ分からないまま、時間だけが過ぎてしまうことがあります。
だから、この物語でも答えを一つに決めませんでした。
読んだ方が「これは恋だった」と感じてもいいし、「恋になる少し前だった」と感じてもいい。あるいは、もっと別の感情だったと思ってもいい。
その余白を残したかったのです。
なぜ「梅干しのおにぎり」なのか
おにぎりは、とても不思議な料理だと思います。
豪華ではありません。特別な日の料理でもありません。
それでも、誰かのために握ると、そこにはほんの少しだけ気持ちが入ります。
「お腹が空かないように」
「ちゃんと食べてね」
「気をつけて」
そんな、わざわざ口にするほどではない言葉を包める料理です。
今回のおにぎりの具を梅干しにしたのも、華やかさより、そうした素朴な心配が似合うと思ったからでした。
誰かのために握った、小さなおにぎり。
でも、そこには名前がありません。
誰のものなのかではなく、なぜ名前を書かなかったのか。
そこから、この物語は始まりました。
「選ばなかったこと」も、その人の人生になる
大人になると、自分の人生は「選んできたもの」でできているように感じます。
進学した学校。
選んだ仕事。
住んでいる場所。
一緒にいる人。
けれど、実際には選ばなかったものも、どこかに残っているのかもしれません。
行かなかった場所。
言わなかった言葉。
渡さなかったもの。
それらを後悔と呼ぶ必要はないと思っています。
戻って選び直すこともできません。
ただ、「あのとき、そんな自分がいた」と知ることはできる。
第3話では、過去を取り戻すのではなく、過去を知ったことで現在を少しだけ違う目で見る、そんな着地を目指しました。
あなたにも「名前を書かなかったもの」はありますか?
十年前なら言えなかったことを、今なら言えるかもしれない。
反対に、今でも言葉にしない方がいいこともあるかもしれません。
正解はきっとありません。
この物語を読み終えたあと、自分の記憶の中にいる誰かや、渡せなかった何かをほんの少し思い出してもらえたなら、とても嬉しく思います。
第3話「名前を書かなかったおにぎり」。
まだ読んでいない方には、ぜひ「誰が作ったのか」だけではなく、なぜ名前を書かなかったのかを想像しながら読んでいただけたらと思います。
料理には、言葉があります。
声にしなかった言葉ほど、長く残ることもあるのかもしれません。
――Ayla



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