短編小説シリーズ「料理には、言葉がある。」第2話、**『雨の日のナポリタン』**をAmazon Kindleで公開しました。
今回は、作品をまだ読んでいない方にも楽しんでいただけるよう、物語の核心には触れずに、この作品を書いた理由や、ナポリタンという料理に込めた意味について少し書いてみたいと思います。
雨の日にだけ現れる人
この物語の出発点は、とても小さな疑問でした。
「雨の日にだけ、同じ喫茶店へ来る人がいたら、その人は何を待っているのだろう」
毎回同じ時間。
同じ席。
同じ料理。
晴れた日には姿を見せない。
それだけなら、少し変わった常連客の話です。
けれど、何年も、何十年も同じことを続けていたとしたら。
そこには「習慣」という言葉だけでは説明できない何かがあるように思いました。
『雨の日のナポリタン』は、そこから生まれた物語です。
なぜナポリタンだったのか
ナポリタンには、不思議な懐かしさがあります。
太めの麺。
ケチャップの甘酸っぱい香り。
玉ねぎ。
ピーマン。
ウインナー。
高級な料理ではありません。
けれど、喫茶店の鉄板やフライパンからあの香りが漂ってくると、食べたことのない時代まで懐かしく感じることがあります。
今回の物語に必要だったのは、「思い出そのもの」ではなく、時間が経っても形を変えながら残っている料理でした。
昔食べた味と、今食べる味は同じではない。
作る人も変わる。
店も変わる。
自分自身の舌だって変わる。
それでも、その一皿を前にすると昔の誰かを思い出す。
ナポリタンには、そんな役割がよく似合うと思いました。
この物語で描きたかったのは「再会」ではありません
『雨の日のナポリタン』には、誰かを待ち続けている人物が登場します。
ただ、書きたかったのは「長い年月を経て再会できるか」ということではありませんでした。
もっと描きたかったのは、
人は、いつまで約束を覚えていられるのか。
ということです。
約束には、大げさなものばかりではありません。
「また来るよ」
「今度返す」
「また一緒に食べよう」
その場では何気なく交わした言葉が、片方にとっては何十年も残ることがあります。
言った本人は忘れてしまっているかもしれない。
でも、待っている側には終わっていない。
そんな時間を描いてみたかったのです。
「待つ」ということ
待ち続けることを、美しいこととしてだけ描くつもりもありませんでした。
誰かを待つことで救われることもあれば、その約束によって前へ進めなくなることもあります。
だから、この物語には「待つことを続けるのか」という問いもあります。
忘れることが正しいわけでもない。
待つことが正しいわけでもない。
答えを出すのではなく、
ある人が長い時間をどう抱えてきたのか。
そこを読んでもらえたらと思っています。
小さな仕草に意味を込めました
今回、物語の中では大きな事件はほとんど起こりません。
その代わり、
椅子の位置。
皿の端に残されたもの。
傘。
雨音。
入口のベル。
そうした小さなものを何度も登場させています。
一度読んだときには何でもない描写だったものが、最後まで読んだあとでは少し違って見える。
そんな短編を目指しました。
もし読了後にもう一度冒頭へ戻ってもらえたなら、とても嬉しいです。
最初に読んだときとは、たぶん少し違う景色になっていると思います。
今回、特に好きなテーマ
この作品を書き終えて、自分の中に一番残ったのは、
「待つことが終わるのではなく、待つことの意味が変わる」
という感覚でした。
人生では、すべてのことにきれいな答えが出るわけではありません。
理由が分からないまま終わることもある。
相手が何を考えていたのか分からないまま、時間だけが過ぎることもある。
それでも、自分の中でその出来事の置き場所が変われば、少しだけ前へ進めることがあります。
『雨の日のナポリタン』は、そんな話でもあります。
シリーズ「料理には、言葉がある。」
このシリーズでは、身近な料理と、口にできなかった感情を組み合わせた短編を書いています。
派手な奇跡が起こる物語ではありません。
誰かと食べた料理。
もう一度食べたい味。
食べられなかった一皿。
いつの間にか作らなくなった料理。
そんな日常の中に残っている言葉を、一話ずつ拾っていくシリーズです。
第1話とは登場人物も料理も異なりますが、少しずつ同じ町の人々や場所がつながっていきます。
単独でも読めますが、順番に読んでいただくと、
「あ、この人は……」
と思える瞬間も少しずつ増えていきます。
『雨の日のナポリタン』はAmazon Kindleで読めます
雨の日にだけ、同じ喫茶店へ現れる老婦人。
いつも同じ席。
いつも同じナポリタン。
そして、いつも少しだけ引かれている向かい側の椅子。
ある雨の日、その席に一人の男が現れます。
彼が誰なのか。
そして、長く続いた雨がどこへ向かうのか。
続きは、ぜひ物語の中で確かめてみてください。
『雨の日のナポリタン』
シリーズ「料理には、言葉がある。」
▼ Amazon Kindleで読む
『雨の日のナポリタン』
最後に
ナポリタンを食べながら、昔の誰かを思い出したことはありますか。
料理の記憶は、味だけでは残らない気がします。
誰と座っていたか。
何を話していたか。
その日は晴れていたのか、雨だったのか。
そして、言えなかった言葉があったのか。
この物語を読み終えたあと、いつものナポリタンがほんの少し違って見えたなら、この作品を書いた意味があったと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次の一皿でも、またお会いできたら嬉しいです。


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