むかしむかし――と言っても、ほんの少し未来の日本。
山あいの小さな町に、おじいさんとおばあさんが暮らしていました。
おじいさんは定年後もシルバー人材センターで働き、おばあさんは地元野菜をネットショップで販売していました。
ある日のこと。
おばあさんが川沿いを散歩していると、上流から、
「ピコン」
とスマートフォンの通知音が聞こえてきました。
見ると、川の真ん中を、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてきます。
「……桃から通知音?」
おばあさんが桃を引き上げて家へ持ち帰り、おじいさんと二人で恐る恐る包丁を入れると――
パカッ。
中から赤ん坊が出てきました。
しかも右手には、最新型のスマートフォン。
画面には一言だけ表示されていました。
「この子を、よろしくお願いします。」
二人は驚きましたが、桃から生まれたので、その子を桃太郎と名づけました。
桃太郎は、すくすく育ちました。
足も速く、勉強もできましたが、何より得意だったのはインターネットでした。
パソコンの設定なら五分。
動画編集なら十分。
おじいさんが怪しいメールを開こうとすれば、
「じいちゃん、それフィッシング詐欺。」
おばあさんがSNSで知らない人から投資を勧められれば、
「ばあちゃん、それ絶対振り込んじゃダメ。」
そんな少年でした。
桃太郎が二十歳になったころ。
町では、奇妙な事件が増えていました。
高齢者の銀行口座からお金が消える。
若者が高収入のアルバイトに誘われ、そのまま行方不明になる。
企業のパソコンが乗っ取られ、金を要求される。
警察が調べたところ、すべての事件の背後に、一つの巨大犯罪組織があるらしいことが分かりました。
その名も――
「ONI」。
海外の無人島に巨大なデータセンターを構え、世界中で詐欺やサイバー犯罪を繰り返している集団でした。
人々は、その島をこう呼びました。
「鬼ヶ島」。
ある日、おじいさんのスマートフォンにもメッセージが届きました。
「未払い料金があります。至急、以下のURLを開いてください。」
桃太郎は、その画面をしばらく見つめました。
そして言いました。
「じいちゃん、ばあちゃん。」
「ん?」
「俺、鬼ヶ島に行ってくる。」
「警察に任せなさい。」
「もちろん警察にも連絡する。でも、こいつらのシステムを止めるには、中に入らないと無理だ。」
おばあさんはしばらく黙っていましたが、やがて台所へ向かいました。
そして、小さな袋を桃太郎に渡しました。
「持っていきなさい。」
「これは?」
「きびだんご。」
「今どき?」
「今どきだからよ。完全栄養食タイプ。タンパク質入り。」
「進化してる……。」
桃太郎は鬼ヶ島へ向かいました。
ところが、一人では心もとありません。
駅前を歩いていると、一人の青年が追いかけてきました。
「桃太郎さんですよね?」
「誰?」
「犬飼です。」
犬飼は元警察官でした。
組織犯罪を追っていましたが、ある事件をきっかけに警察を辞め、現在は民間のセキュリティ会社で働いていました。
「鬼ヶ島へ行くなら、俺も連れていってください。」
「危険ですよ。」
「分かってます。」
桃太郎は少し考え、きびだんごを一つ渡しました。
「食べます?」
「……これで仲間になるシステムなんですか?」
「伝統なので。」
こうして、犬が仲間になりました。
次に出会ったのは、猿渡という若者でした。
天才的なプログラマーでしたが、会社勤めが嫌になり、カフェでノートパソコンを広げながらフリーランス生活を送っていました。
「ONI?」
猿渡はコーヒーを飲みながら笑いました。
「そいつら、前から気に入らなかったんだよね。」
「協力してくれますか?」
「報酬は?」
桃太郎は、きびだんごを差し出しました。
「これ。」
「安っ。」
「抹茶味です。」
「行く。」
こうして、猿も仲間になりました。
最後に仲間になったのは、雉谷という女性でした。
ドローン操縦と映像撮影の専門家で、普段は災害現場や山岳地帯の撮影をしていました。
「島の内部を空から偵察できます。」
「お願いします。」
桃太郎はきびだんごを差し出しました。
雉谷は袋の裏を確認しました。
「カロリーは?」
「一個八十。」
「じゃあ二個ください。」
こうして、キジも仲間になりました。
四人は小型船で鬼ヶ島へ向かいました。
島に近づくと、巨大なアンテナと黒い建物が見えてきました。
犬飼が双眼鏡をのぞきます。
「警備員、二十人以上。」
雉谷がドローンを飛ばします。
「北側に搬入口があります。監視カメラの死角も確認。」
猿渡がノートパソコンを開きます。
「監視システム、三分だけ止められる。」
桃太郎が言いました。
「十分だ。」
四人は島へ上陸しました。
昔の桃太郎なら、ここで鬼たちと大乱闘になったでしょう。
しかし現代は違います。
桃太郎たちは一度も刀を抜きませんでした。
そもそも持っていません。
犬飼が警備員を足止めし、
雉谷がドローンで施設の構造を確認し、
猿渡がネットワークに侵入する。
桃太郎はサーバールームへ走りました。
そこには、世界中から盗まれた個人情報が保存されていました。
名前。
住所。
クレジットカード番号。
銀行口座。
そして、詐欺に利用するための大量の電話番号。
「ひどいな……。」
桃太郎はデータを消そうとしました。
しかし、手を止めました。
「消したら証拠もなくなる。」
そこで、すべての証拠を暗号化してコピーし、警察へ送信しました。
同時に、ONIの犯罪用システムだけを停止させました。
その瞬間。
館内放送が流れました。
「侵入者へ告ぐ。」
低い声でした。
「私はONI代表、大仁田だ。」
モニターに、黒いスーツ姿の男が映りました。
「君は正義の味方のつもりか?」
桃太郎は答えました。
「別に。」
「では、なぜ我々の邪魔をする?」
「じいちゃんに詐欺メール送ったから。」
「……それだけか?」
「十分だろ。」
大仁田は笑いました。
「世の中には、だます人間と、だまされる人間がいる。それだけだ。」
桃太郎は言いました。
「違う。」
「何が違う?」
「だまされる人がいるからって、だましていい理由にはならない。」
その会話は、雉谷のドローンを通じてリアルタイムで警察へ送られていました。
数時間後。
海上保安庁と警察の船が鬼ヶ島へ到着しました。
ONIのメンバーは次々と逮捕されました。
大仁田も最後には抵抗をやめました。
「桃太郎。」
連行される直前、大仁田が言いました。
「私を倒しても、第二、第三のONIが現れるぞ。」
桃太郎は答えました。
「だろうね。」
「怖くないのか?」
「そのたびに止めればいい。」
大仁田は何も言わなくなりました。
桃太郎たちは島から帰りました。
昔話なら、ここで鬼ヶ島から金銀財宝を持ち帰るところです。
しかし桃太郎たちが持ち帰ったのは、一台のハードディスクだけでした。
そこに入っていた証拠によって、盗まれたお金の一部は被害者へ返されました。
行方不明になっていた若者たちも保護されました。
数日後。
桃太郎が家へ帰ると、おじいさんがスマートフォンを持って待っていました。
「桃太郎。」
「何?」
「またメールが来た。」
「見せて。」
そこには、
「おめでとうございます! あなたは一億円に当選しました!」
と書かれていました。
桃太郎はため息をつきました。
「じいちゃん。」
「うむ。」
「一億円のキャンペーン、応募した?」
「してない。」
「じゃあ当たらないよ。」
「なるほど。」
隣で、おばあさんが笑いました。
「鬼ヶ島を倒せても、おじいさんのスマホ教育は終わらないねえ。」
桃太郎も笑いました。
鬼ヶ島から帰った桃太郎は、その後、犬飼、猿渡、雉谷と一緒に小さな会社を作りました。
会社の名前は、
「PEACH SECURITY」。
困っている人を守り、詐欺を見つけ、悪い仕組みを止める会社です。
会社の受付には、今でも小さな皿が置いてあります。
皿の上には、三つのきびだんご。
その下には、こんな紙が貼られていました。
「仲間、募集中。」
めでたし、めでたし。
――ただし、知らないURLは開かないように。
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