むかしむかし。
……と言いたいところですが、だいたい今。
神奈川県の山奥に、金太郎という青年が住んでいました。
年齢二十二歳。
職業、無職。
趣味、筋トレ。
特技、筋トレ。
好きな食べ物、プロテイン。
苦手なもの、細かい作業。
そして何より――
めちゃくちゃ力が強い。
朝起きると、まず薪を割る。
斧を使わず、
手で。
「ふんっ!」
バキッ。
「ふんっ!」
バキッ。
母親が家の中から叫びました。
「金太郎!」
「なにー?」
「薪を素手で割るのやめなさい! 破片飛んで窓割れるから!」
「はーい!」
返事だけはいい青年でした。
金太郎は山で育ちました。
幼いころから、遊び相手は動物ばかり。
猿。
鹿。
猪。
そして熊。
特に仲が良かったのが、一頭のツキノワグマでした。
名前はクマ吉。
ある日。
金太郎は山の広場でクマ吉と相撲を取っていました。
「クマ吉! 今日こそ勝つぞ!」
「グオオオ!」
「うおおおお!」
ドン!
地面が揺れました。
近くを歩いていた登山客がスマートフォンを落としました。
「え?」
金太郎と熊が普通に相撲を取っている。
しかも熊が負けている。
「ちょ、ちょっと待って。」
登山客はスマホを構えました。
撮影開始。
「何これ……。」
金太郎がクマ吉を投げます。
「どりゃあ!」
ズドーン!
クマ吉はゴロゴロ転がりました。
そして起き上がると、
金太郎とハイタッチ。
「よし!」
その動画は、その日の夜にSNSへ投稿されました。
タイトル。
『山で熊と相撲してるやついた』
翌朝。
再生回数。
三百二十万回。
コメント欄。
「CG?」
「熊かわいい」
「人間のほうが怖い」
「この男誰だよ」
「熊の安全を確認してください」
「熊負けてて草」
そして――
「この人YouTubeやってないの?」
金太郎は、そのころスマートフォンを持っていませんでした。
数日後。
大学生の青年が山を登ってきました。
名前は坂田。
動画制作を勉強している学生でした。
「金太郎さんですよね?」
「そうだけど。」
「あなた、バズってます。」
「ばず?」
「ネットでめちゃくちゃ有名になってます。」
「ネット?」
「……スマホ持ってます?」
「母ちゃんが持ってる。」
「あなたは?」
「ない。」
坂田は確信しました。
――本物だ。
「金太郎さん。」
「ん?」
「YouTubeやりませんか?」
金太郎は腕を組みました。
「ゆーちゅーぶ。」
「動画を撮って公開するんです。」
「何の?」
坂田はクマ吉を見ました。
クマ吉は木にもたれて蜂蜜を舐めていました。
「……普段の生活で十分です。」
こうして始まったチャンネル。
『KIN CHANNEL』
最初の動画。
『熊と腕相撲してみた』
再生回数、一千二百万。
二本目。
『巨大な岩を持ち上げてみた』
再生回数、二千四百万。
三本目。
『冷蔵庫を背負って山頂まで登ってみた』
母親から怒られて削除。
四本目。
『熊に筋トレ教えてみた』
再生回数、五千万。
チャンネル登録者数は、一か月で三百万人を突破しました。
坂田は興奮していました。
「すごいですよ金太郎さん!」
「そうなの?」
「広告収入もすごいです!」
「広告収入?」
「お金です!」
金太郎の目が輝きました。
「母ちゃんに新しい軽トラ買える?」
「余裕です。」
「じゃあやる。」
目的が決まりました。
やがて金太郎はテレビにも呼ばれました。
スタジオ。
司会者が聞きます。
「金太郎さん、普段どんなトレーニングを?」
「木を運びます。」
「何キロくらいですか?」
「木によります。」
「ジムには?」
「行ったことないです。」
「ベンチプレスは?」
「何ですかそれ?」
スタジオがざわつきました。
そこで番組スタッフがベンチプレスを用意しました。
「こちら、百キロです。」
「これ持つんですか?」
「はい。」
金太郎は片手で持ち上げました。
スタジオが静まり返りました。
「……。」
司会者がスタッフを見ました。
「これ、本当に百キロ?」
スタッフが頷きます。
金太郎は聞きました。
「これ、何に使うんですか?」
その映像もバズりました。
しかし、有名になるといろいろな人が近づいてきます。
ある日。
スーツ姿の男たちが山へやってきました。
「金太郎さん。」
「はい。」
「我々と契約しませんか?」
大手スポーツ用品メーカーでした。
「あなたの名前を使った商品を出したいんです。」
「商品?」
「KIN PROTEIN。」
「おお。」
「KIN GYM。」
「おお。」
「KIN AXE。」
「斧?」
「アウトドア用品です。」
「斧なら山にいっぱいあるけど。」
「商品として売るんです。」
「山の斧を?」
「違います。」
話が噛み合いません。
それでも金太郎ブランドは大成功。
KIN PROTEIN。
KIN WEAR。
KIN SHOES。
そして、
『金太郎式 超実践筋トレ』
という本まで発売されました。
内容。
第一章。
「山を登れ」
第二章。
「木を持て」
第三章。
「熊と相撲を取れ」
出版社が慌てて、
『※絶対に真似しないでください』
という注意書きを全ページに追加しました。
一年後。
金太郎の登録者数は一千万人を突破。
記念配信が行われました。
坂田がカメラの前で言います。
「ついに登録者一千万人です!」
コメント欄が高速で流れます。
『おめでとう!』
『クマ吉出して!』
『筋肉しか勝たん』
『母ちゃん最強説』
『次は世界進出』
金太郎は画面を見ながら言いました。
「これ全部、人が書いてるの?」
「そうですよ。」
「すげえな。」
「金太郎さん、一千万人ですよ。一千万人。」
金太郎は少し考えました。
「一千万人って何人?」
「……一千万人です。」
「山に入る?」
「入りません。」
そんなある日。
一通の挑戦状が届きました。
差出人。
『ONI FITNESS』
日本最大級のフィットネス系インフルエンサーチーム。
鬼ヶ島ジムという巨大施設を運営していました。
メッセージ。
『金太郎へ。
本当に日本最強なら、我々と勝負しろ。』
坂田は言いました。
「来ましたね。」
「何が?」
「コラボです。」
「勝負じゃないの?」
「半分コラボです。」
「よく分からん。」
内容は、
筋力。
持久力。
相撲。
綱引き。
さまざまな競技で勝負するというもの。
金太郎は即答しました。
「行く。」
「早いですね。」
「楽しそう。」
理由はそれだけでした。
鬼ヶ島ジム。
巨大なトレーニング施設。
入り口には筋肉ムキムキの男たちが並んでいました。
全員、赤いユニフォーム。
胸には、
ONI
の文字。
リーダーの大鬼が言いました。
「よく来たな、金太郎。」
「どうも。」
「覚悟はできているか?」
「はい。」
「我々ONI FITNESSは――」
大鬼が長い説明を始めました。
金太郎は坂田に小声で聞きました。
「この人、話長い?」
「たぶん長いです。」
「先に相撲していい?」
「ダメです。」
第一競技。
デッドリフト。
大鬼。
三百五十キロ。
会場。
「うおおおおお!」
金太郎。
「これ持てばいい?」
スタッフ。
「はい。」
金太郎。
ヒョイ。
会場。
「……。」
「もう一回?」
「いや、大丈夫です。」
第二競技。
綱引き。
ONI FITNESS、五人。
対する金太郎。
一人。
坂田。
「さすがにこれは……。」
スタート。
ピーッ!
金太郎。
「よいしょ。」
ONI FITNESS五人がまとめて床を滑っていきました。
観客。
「ええええええ!?」
第三競技。
ランニングマシン。
時速二十五キロ。
大鬼は必死に走っています。
金太郎は隣で普通に走っています。
「これ、どこまで行けばいいんですか?」
スタッフ。
「行きません。」
「え?」
「その場で走ります。」
金太郎の顔が曇りました。
「何のために?」
誰も答えられませんでした。
そして最終競技。
相撲。
大鬼。
身長二メートル。
体重百五十キロ。
金太郎。
身長百七十五センチ。
体重九十キロ。
大鬼が笑います。
「さすがに相撲なら私の勝ちだ。」
金太郎は首をかしげました。
「クマ吉より軽いけど。」
会場がざわつきました。
「クマ吉?」
坂田が説明します。
「熊です。」
大鬼。
「……熊?」
試合開始。
三秒後。
大鬼は宙を舞っていました。
ドーン!
金太郎の勝利。
会場は大歓声。
コメント欄。
『人間卒業』
『熊基準やめろ』
『ONI弱くない。金太郎がおかしい』
『クマ吉世界大会出せ』
配信の同時視聴者数。
八百万人。
試合後。
大鬼は金太郎に握手を求めました。
「完敗だ。」
「楽しかったです。」
「しかし一つ聞きたい。」
「はい。」
「なぜそんなに強くなった?」
金太郎は考えました。
「山で遊んでたから?」
「トレーニング理論は?」
「ないです。」
「栄養管理は?」
「母ちゃん。」
「サプリメントは?」
「母ちゃんが出す味噌汁。」
大鬼は黙りました。
翌日。
全国のスーパーで味噌が売れました。
さらに数年後。
金太郎は海外でも有名になりました。
世界中のフィットネス系YouTuberが山へやってきます。
しかし金太郎の生活はあまり変わりませんでした。
朝。
薪を割る。
山を走る。
クマ吉と相撲する。
昼。
母親の作ったご飯を食べる。
午後。
撮影。
夕方。
畑を手伝う。
坂田が聞きました。
「金太郎さん。」
「ん?」
「登録者、三千万人ですよ。」
「へえ。」
「もっと東京とかに住みたくないですか?」
「なんで?」
「豪邸とか。」
「山ある?」
「ないですね。」
「じゃあいい。」
「高級車とか。」
「軽トラあるからいい。」
「ブランド物とか。」
「服は母ちゃんが買ってくる。」
坂田は思いました。
この男には、案件が効かない。
ある日の配信。
視聴者から質問が来ました。
『金太郎さんの夢は何ですか?』
金太郎は考えました。
「夢?」
コメント欄。
『世界一?』
『登録者1億?』
『俳優?』
『オリンピック?』
金太郎は言いました。
「山の道、直したい。」
坂田が聞き返しました。
「道?」
「雨降ると崩れるところあるから。」
「他には?」
「クマ吉が道路渡るとき危ないから、動物用の橋作りたい。」
「あと?」
「母ちゃんの軽トラ、もう古いから新しいの買う。」
「それ、最初にも買いましたよね?」
「また古くなった。」
コメント欄が止まりません。
『金太郎、金持ちの使い方が田舎すぎる』
『好感度上がる』
『クマ吉ファースト』
『軽トラ何台目だよ』
金太郎は笑いました。
その隣で、
クマ吉がプロテインの袋を勝手に開けていました。
「あっ!」
金太郎が叫びます。
「クマ吉! それ俺の!」
クマ吉が逃げます。
「待て!」
金太郎が追いかけます。
カメラだけが取り残されました。
配信画面には誰もいません。
山だけが映っています。
コメント欄。
『平和』
『これが見たかった』
『神回』
『クマ吉逃げろwww』
数分後。
山の奥から金太郎の声が聞こえました。
「坂田ー!」
「はい!」
「クマ吉がプロテイン全部食った!」
坂田はカメラに向かって言いました。
「本日の配信は以上です。」
そして配信は終了しました。
現在。
KIN CHANNEL。
登録者数、五千二百万人。
人気動画ランキング。
第三位。
『巨大岩を持ち上げてみた』
第二位。
『熊とガチ相撲』
そして第一位。
『母ちゃんに怒られた』
再生回数。
三億七千万回。
金太郎は今日も山にいます。
世界中から通知が届いていますが、
本人のスマートフォンは、
だいたい家に置きっぱなしです。
めでたし、めでたし。
――なお、熊との相撲は絶対に真似しないでください。

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